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栗原類  7歳で発達障害と診断されて[PR]

子育て・教育

栗原類  7歳で発達障害と診断されて[PR]

NYで過ごした小学校時代に、先生が僕の「個性」を見つけてくれた

『僕は、ドリーと同じなんだね』

栗原類さん

 ADDと診断されたのは7歳のときでした。ただ、そのとき母は「本人にすぐ伝える必要はない。自分でタイミングをみて本人に伝えてください」とのアドバイスを受けたそうで、僕にすぐには告げませんでした。

 母が伝えるときが来たのは、僕が8歳のときでした。母と映画『ファインディング・ニモ』を観たときです。この映画を気に入り、僕は自分の記憶上、初めて自らその感想を口にしました。ニモの友達で、人懐っこいけれど言われたことをすぐに忘れてしまうドリーという青い魚がとてもおかしくて、「ドリーって面白いね、なんでも忘れちゃうね!」と母に言いました。

 僕がドリーを笑っているのを隣で見ていた母は、きっと今がベストなタイミングだと直感したのでしょう。映画を観た帰りの道すがら、「類も同じなんだよ」とドリーと僕の特徴を比較して説明してくれました。

 告げられたときの僕は、「へぇ~、そうなんだ」と相槌を打つぐらいの感じで、深く受け止めませんでした。『ファインディング・ニモ』が障害と向き合うきっかけをくれたわけで、僕はきっとその場では驚いたとは思うんですけど、「寝て起きたら忘れる」し、まだ小さかったので自分の状況を危機感を持って受け止めることはなかったです。

 小学5年生で帰国し、日本の学校に通い始めました。後に主治医として重要な存在となる高橋猛先生のところに定期的に通い始めたのもこの頃です。ニューヨークで暮らしていた時も、年に何度か日本に戻って日本の小学校に通っていたので、アメリカと日本の学校教育の違いに戸惑うことはありませんでした。

■ADHDの詳しい情報はADHDナビ

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僕は発達障害をなぜ乗り越えられたのか

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