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栗原類 母と専門医の支援で自分らしさを発見[PR]

子育て・教育

栗原類 母と専門医の支援で自分らしさを発見[PR]

「好きなことは徹底的にがんばれ」と、母は僕の背中を押してくれた

 「物事に集中できず忘れ物が多い(不注意)」「落ち着きがなくじっとしていられない(多動性)」「思いついた行動を唐突にとる(衝動性)」が、ADHD(注意欠如・多動性障害)のお子さんに当てはまる3つの大きな特徴です。幼児期には成長過程によるものだと思われていたものの、学校生活を送るようになりその特性が目立ち診断されるケースも増えています。

 ADHDは、早期診断によって改善に向かわせることができるので、なるべく早い段階での診断と適切な治療やサポートが重要です。

 7歳でADHDの一種であるADDと診断されたタレントの栗原類さんは、早くから自分の特性と向き合ってきました。22歳になった今その個性を生かし、モデルや俳優として活躍の場を広げています。前回のインタビュー(栗原類  7歳で発達障害と診断されて)では、診断を受けた当時のことや、ご自身の症状とのつき合い方についてお聞きしました。今回の話題は、シングルマザーとして栗原さんを育てたお母さんのサポートや教育方針のほか、小学5年から主治医となり栗原さんが今も全幅の信頼を寄せる主治医の高橋猛先生についてです。

『早く習得できることが素晴らしいことではない』

栗原類さん

 僕がADDと最初に診断された際、母はニューヨーク市の教育委員からこんなアドバイスを受けたそうです。

 「あなたが何の苦労もなくできたことをお子さんができなかったとき、叱る前に、自分が子どもの頃にできなかったことを色々思い浮かべてください。自分ができなかったことで、息子さんができていることは山ほどあるでしょう。そこに目を向けると、『なぜこんなこともできないの?』との気持ちが鎮まり、褒められるようになります」と。

 一生忘れられない言葉になったと聞きました。実際、僕は定型発達の子どもと比べたら昔も今もできないことが多いと思いますが、母から「何でできないの?」と言われたことはありません。僕なりの成長のしかたがあるという姿勢を貫いてくれたように思います。

 たとえば、こういうことがありました。僕は小さいとき、靴のひもをうまく結べませんでした。母に教えてもらった通りに実践してみるんですが、全く別のものが出来上がってしまうんです。ですから、ひもなしの靴を履くことが多かったし、ひも靴を履く必要があるときは家で母に結んでもらっていました。

 自分できちんと結べるようになったのは14歳~15歳になってからです。母は、「いつかできたらいいよね」と長い目で見てくれていました。そして、気づいたときにはできるようになっていたんです。

■ADHDの詳しい情報はADHDナビ

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僕は発達障害をなぜ乗り越えられたのか

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