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川上未映子 「母の味」の呪いから自由になる[PR]

生活・家事

川上未映子 「母の味」の呪いから自由になる[PR]

【第8回】「お母さんの手料理信仰」ってなに? 調理は母親の役割なの? なぜ父親はこの罪悪感から自由なの?

調理はしぶとく「母の役割」、父親は外部者

 多くの母親が子どもの食事に関する罪悪感を持つのに比べて、多くの父親はそうではない(多くの、ですよ)。

 もっと合理的というか、調理の責任が自分にあるなんて、はなからそんな考えがないのである。自分の母親がそうだったように、そして物語の中の母親がみんなそうだったように、「調理は母親の役割である」という考えが、男性のみならず、女性自身においても世間全体においても、すっかりまるっと身体化&内面化されているのである。しぶといことである。

 だからいつまでたっても母親は悩む。追い詰められる。そしてこの罪悪感を、唯一の理解者であるはずの夫とも、分かち合うことができない(この場合の理解とは、代わりに調理をし責任を分担してくれることだから)。彼らから返ってくるのは「何でもいいよ」とか「なんか買ってくるよ」という、どこまでも外部者然とした、とんちんかんな発想のみ、なのである。

 で、「みんなはどんなご飯を作ってるんだろう……」なんてインスタなんかを見た日には、さらなるド級の憂鬱が待っている。

 「こ、これはいったい何の撮影……?」っていうくらいに完璧な、朝ごはんとかお弁当とかがてんこ盛りで、そっとアプリを閉じてはみても、自分が子どもに日々食べさせている食事とのギャップは脳裏に焼きついたままでモヤモヤしたものが残るのだ。「SNSはファンタジー」と頭でどれだけわかっていても、こちらの罪悪感の痛いところをさらに刺激して、何かを思い知らされた気持ちになってしまう。

母親だけが感じるプレッシャーなんて、いらない

 でも、こういうことって全部、本当のことなんだろうか。同じ親なのに、父親であれば感じないで済む調理の罪悪感なんて普通に考えればこんなもの、母親だって感じる必要ないのじゃないか。もちろん、親には子どもの健康に対する責任があるけれど、母親だけがそれを一手に引き受けなければならない道理はない。責任を回避したいわけじゃなくて、一人より二人で力を合わせた方がいいのではないか、親の立場として真っ当なのではないか、という話なのである。

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