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川上未映子「子どもを社会で育てる」とは?[PR]

子育て・教育

川上未映子「子どもを社会で育てる」とは?[PR]

【第10回】自己責任という監視のなかで、「社会で子どもを育てる」って可能なの? どうすれば子どもがノイズじゃなくなるのだろう。

 もちろん、保育園、幼稚園で一日の大半を子どもが過ごすということも、それに相当するとは思う。でも、ベビーカーで電車に乗れば舌打ちをされ、ファミレスでさえ子どもの騒ぎ声には気を使う。とにかく子育ての基本は「すみません」の姿勢であり、いかに自分の子どもの存在が人様に不快感を与えないでいられるかどうかが、社会における第一ミッションなのである。だから「子どもはみんなで育てるもの」という言葉に感謝はするし見上げるような頼もしさを感じはするのだけれど、しかしそれを親の立場から求めるなんてそんなのどうやったら可能なのかわからないし、何を求めてよいのかもわからない。

SNSがあるのに、現実的につながりにくいママたち

 以前、社会学者の上野千鶴子さんと対談したときに、母親の連帯についての話になった。「SNSを利用する母親は増えているけれど、それはあくまで気持ちの共有どまりで現実的なネットワーク作りに繋がっている感触はない」というわたしの実感に対して、上野さんは驚かれた。ネットなど存在しなかった上野さん世代の母親は、電柱に張り紙などをしてでも独自のコミュニティを形成して助け合って子育てをしたのに、どうしてSNSもメールもある現在にそれが難しくなっているのかと。父母、祖父母、親戚といった家族がいて、そこにいる誰かしらが子どもの世話をする、という昭和の雰囲気ならわかるのだけれど、いわゆるママ友たちが協力しあって子育てをする(土日に一緒に遊ぶ、とかならもちろんあるけど)という状況がそもそも想像できなくて、うまく返答することができなかった。

 子どもを生むまえから個人的に親友であるくらいの関係であれば、もしかしたら本当の非常事態などにお願いすることはできるかもしれない。けれど、保育園や幼稚園で出会ってから初めて関係のできたママ友に、たとえば2歳児や3歳児を数時間預ける、なんてこと、できるのだろうか。わたしは頼まれたこともないし、頼んだこともない。「そんなこと頼むのおかしいよね」という価値観があったわけじゃなくて、ただ単純に、発想することもできなかったのである。ひとりでさえ面倒をみるのは頭がおかしくなるほど大変なのに、どんなお礼をするにせよ、他人さまにそれをお願いするなんて申し訳なくてありえない……みたいな、いつのまにかある種の「常識」が存在しているように思う。わたしの場合は、自分のことなら好きなだけダダ漏れにできる30年来の親友がいるけれど、それでもやっぱり息子を預けたことはないものなあ……。

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