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社長は孤独 幼少期に身に付けた強さが生涯の力に

仕事

社長は孤独 幼少期に身に付けた強さが生涯の力に

レナジャポン蟹瀬令子さん(上) 博報堂でコピーライターとして活躍。2度の出産、家族留学を経て、42歳で独立

 起業するまでの経緯や仕事と家庭の両立についてなど、多くの壁を乗り越えてきたママ起業家や社長にインタビューする「私が壁を乗り越えたとき」。第9回は、肌荒れに悩む娘のために、スキンケアブランド「LENAJAPON(レナジャポン)」を立ち上げたレナ・ジャポン・インスティチュート株式会社の代表取締役、蟹瀬令子さんを紹介します。

 蟹瀬さんは、博報堂に入社しコピーライターとして活躍後、独立してエスティ ローダーの「オリジンズ」などの日本での立ち上げに携わりました。その後「ザ・ボディショップ・ジャパン」(イオンフォレスト)の代表取締役社長を経て、2007年に自身のスキンケアブランド「レナジャポン」を立ち上げ。1男1女の母でもあります。

 この連載は「上編」「下編」の2本立てでお伝えします。

1人で生きていける強さを身に付けた小学生時代

 父親が生後8カ月のときに亡くなった蟹瀬さん。福岡県で母と兄と祖父母と親戚と一緒に暮らしていました。

 「それぞれの大人の都合があり、子どもたちはその中で生きていかなければなりません。いかに心地よく生きていられるか考えた結果が勉強。勉強をしていれば誰も手伝えとは言いません。そのため、自然と成績がよくなりました」

 小学生のときは、勉強も走るのも1番。一方、静かで一人遊びが好きな少女だったそう。

 「他の人と話すのが苦手で、ピアノを弾いたり、本を読んだり、勉強をしたり。文章を書くのが大好きで、物語を作り、詩を書いていました。学校で1番をとっていると、いじめられることもあります。でも、いじめに対して鈍感で『とっても嫌なことをする人なんだな』と思っていました。マイペースでしたね」

 6歳の頃から歌を習い、児童合唱団に所属。音楽に助けられたといいます。

 「音楽が持っている歌詞やメロディなど、歌っているうちに嫌なことも『まぁ、いいかな』と思えました。そういう気持ちに芸術はさせてもらえたということが、いろいろな意味で社会に出ていくときの素地になりました」

 小さい頃の経験は、その後の社長業に役に立っているそう。

 「社長は孤独で、みんなの目が向いています。この人をえこひいきしているとか、この人だけしか仕事を渡さないとか、会社にはいろいろな思惑が渦巻いています。たとえランチに一緒に行ってくれる人がいなくても、1人で生きていけると思える強さがあれば大丈夫。小さい頃に1人でいても寂しいとも悲しいともいじめられているとも思わず、そのときに身に付けた強さが、生涯の自分をずっと支えていると思います」

蟹瀬令子 レナ・ジャポン・インスティチュート株式会社代表取締役

1951年福岡県生まれ。1975年上智大学文学部英文科卒業、米国ミシガン大学留学後、株式会社博報堂に入社。第三制作室コピーライターとなる。1987年米国ミシガン大学ビジネス学科に留学。1988年帰国後、博報堂生活総合研究所主任研究員。1993年クリエイティブ・マーケティング会社を設立、代表取締役に就任。総合マーケティングクリエーターとして活動。エスティ ローダーのオリジンズなどを手がける。1999年株式会社イオンフォレスト(ザ・ボディショップ・ジャパン)代表取締役社長就任。2006年株式会社ケイ・アソシエイツ代表取締役社長。2007年レナ・ジャポン・インスティチュート株式会社を設立、代表取締役に就任、現在に至る。

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ママ社長・起業家 「私が壁を乗り越えたとき」

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