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川淵三郎「アスリートの言葉を子どもに伝えたい」

アスリートが先生に/JFA『夢の教室』(3)「サッカー協会がある限り、『夢の教室』は続けていきたい」

 2007年4月にスタートした「JFAこころのプロジェクト」は、今年の4月で10周年を迎えた。スタート当時の「夢の教室」の実施数は年間247回。それが年を追うごとに増え続け、2016年度は、1682回。今後は年間3000回の実施を目標にしているという。

 なぜ、同プロジェクトはこの10年でここまで拡大してきたのだろうか? その秘密を探るべく、今年4月19日に開催された10周年記念パーティーを取材した。

(1)アスリートが30万人の小学生に夢を語った10年
(2)永島英明 野球の努力がハンドボールで花開
(3)川淵三郎「アスリートの言葉を子どもに伝えたい」 ←今回はココ
(4)子どもが夢を語ったら、最後まで話を聞いてあげて

夢の教室を経験した子どもたちのその後

 10周年記念パーティーには、スポーツ関係者のほか、夢先生として登壇した現役&元アスリート、各自治体の首長や教育委員会関係者、協賛する企業の関係者たちの姿があった。その日、集ったのは、総勢300名以上。

 パーティー開始後、冒頭で映像が流れた。

 「10年間、変わることなく伝えてきました。夢を持つことの素晴らしさ。夢に向かって努力することの大切さを。ひとつひとつの授業に思いを込めて、ひとりひとりに心を込めて……」

 そんなナレーションの後、かつて夢の教室で夢先生と出会った3人の子どもたちが、今、どのように成長しているのか、その様子がうかがえるインタビュー映像が続いた。その内容を紹介しよう。

<栗本彩芽さん(20歳)>

 夢の教室がスタートした2007年度、夢先生として伊豆諸島の御蔵島を訪れたのは、横浜フリューゲルスで活躍した元Jリーガーの前田治さん。島唯一の小学校で、5人の子どもたちと楽しい時間を過ごした。小学5年生だった栗本彩芽さんは、当時の夢シートに「夢を持っていれば、楽しく過ごせるんだなあと思いました」と感想を書いていた。

 あれから10年──。20歳となった栗本さんは、カメラに向かって言う。

 「前田先生、20歳になりました! 今でもたまに前田先生からもらった返事を見て、あの時、夢先生で来てくれたんだなということを思い出します。今はトレーナーになるために鍼灸とアスレチックトレーナーの勉強をしています」

 現在は都内の専門学校に通うが、夢先生に教えてもらった気持ちを今も忘れないという。

 「トレーナーになりたいという夢が決まってから、なりたいものに向かって勉強することは楽しいです。あの日の授業で『夢を持っていれば、楽しく過ごせるんだ』と感じたことが、今のトレーナーの勉強をする自分のなかで、生きていると思います」


<樋口新葉さん(16歳)>

 5年前の2012年。新宿区内の小学校で開催された夢の教室に出向いた夢先生は、元Jリーガーの井手口純さん。そこにいたのが、現在、フィギュアスケートの日本代表として世界大会に出場するなど、活躍している高校2年生の樋口新葉さんだ。

 「すごく楽しかったのを覚えていて、自分がオリンピックに出たいとか、金メダルを取りたい、勝ちたいという気持ちがもっと強くなった」

 夢先生の話を聞くうちに、樋口さんの心に残った言葉は、「諦めない気持ち」だった。

 「夢先生が経験してきた話で、必ず成功するわけでもないし、失敗もあるけど『諦めない気持ち』が大事だと聞いたので、すごく勇気をもらった

 小学5年生だった樋口さんが、その日、夢シートに書いた夢は「スケートでオリンピック選手になって、1位になったり、世界一周したい」というもの。「その夢をかなえるために努力すること」の欄に書かれていたのは、「あきらめないで練習をする」だった。

 あれから5年──。当時の夢を実現すべく、樋口さんは、平昌オリンピック出場を目指している。

 「何回も挑戦すること、続けることを大事にしています。諦めないとか、うまくなりたいとか、前向きな心は大事だと思うので、その気持ちを忘れないでいようと思います。オリンピックに出られたら自己ベストで優勝したい。夢に向かって、諦めずに頑張りたいと思います!」


<浅沼壱星さん(17歳)>

 岩手県立遠野高校に通う3年生の浅沼壱星さんは、生徒会長をやってみないかと言われて、「やってみます!」と即答するほど積極的で前向き。そんな浅沼さんは、小学生のころはどこか自分に自信の持てない子どもだった。

 7年前の2010年8月、夢先生は元Jリーガーの安永聡太郎さん。こころのプロジェクトに草創期から加わり、現場で夢の教室のカリキュラムを磨き上げてきた一人だ。

 夢の教室が行われる前日、小学5年生だった浅沼少年は、夢について、こう答えていた。「先生になる夢を持っています。でも、たまに(テストの)点数がひどいときには、このままだと先生になっても生徒に教えられないんじゃないかなっていう不安があります」

 しかし、夢先生との出会いが、彼を変えた。 当時のことを、7年後の浅沼さんはこう振り返る。

 「テレビで見てきたサッカー選手は、自分とは違う世界にいる人だと思っていました。でも、自分と同じように小学生の時代もあって、どう努力をしていったかで、その先が変わるんだと感じた」。さらに、「『どうせ無理だ』と思っていたことを、『ちょっとやってみよう』という気持ちに変化した。自分を変えるきっかけを与えてくれた。今でもすごく大事な1日だったと思います」

 浅沼さんの勉強机の脇には、7年たった今でも、あの日、安永さんと交わした夢シートのメッセージが飾られている。書かれていたのは、「自分を信じて一歩一歩進んでいこう!」という言葉。

 現在、浅沼さんは、地域創生事業など、故郷である遠野の良さを伝えて活性化できるような仕事に興味を持っているという。

 これまでに何かを“成し遂げた”経験を持つアスリートであっても、それぞれの夢に向かっていく過程において苦難や挫折があり、それを乗り越えてきた。みんなにも同じように大きな可能性があるんだよ。そんなメッセージが込められているからこそ、伝わるのかもしれない。

 もちろん、これまで夢先生と出会った30万人以上の子どもたちすべてがそうだということではない。しかし、すべてをさらけ出して子どもたちと真剣にぶつかる夢先生の“本物の話”だからこそ、多くの子どもたちの未来への可能性に多大なる影響を与えていることは間違いないだろう。

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アスリートが小学生に人生を語る JFA『夢の教室』

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