スマホ版サイトを見る

働くママ&パパに役立つノウハウ情報サイト

日経DUAL

矢沢心 4度目の体外授精で妊娠反応が。しかし…

矢沢心さんと魔裟斗さん夫妻の4年に及ぶ不妊治療の記録。治療を通じて改めて知った「妊娠しづらい」という現実。若いから大丈夫って本当?

待望の妊娠! けれど、赤ちゃんは育っていなかった

 転院してからは、顕微授精も含め体外受精を計5回行いました。最初の3回は、採卵はできてもうまく育たなかったので、移植もできませんでしたが、4回目にようやく受精卵になり、妊娠反応が出たときは、本当にうれしかった。超音波でなかなか赤ちゃんが確認できなくても、「ステップが一気に上がった!」「今までは受精卵にもならなかったのに、子宮に戻せた!」と、舞い上がっていました。

 けれど、赤ちゃんは育っていなかったのです。「枯死卵(こしらん)」といって、赤ちゃんが入っている胎嚢だけが大きくなり、中に赤ちゃんがいないというものでした。妊娠反応も出るし、つわりも起きるのに、赤ちゃんはとても早いうちに死んでしまっていました。

 先生からは、「枯死卵というウソの妊娠があってね」と話がありました。その後に次の治療のことも話していたけれど、まるで耳に水が入ったみたいになって、それ以上、全然耳に入ってこなかった

 帰り道では、ずっと泣いていました。色々な歌が頭の中を流れていったけれど、楽しい歌も、全部寂しい歌にしか聞こえませんでした。なんとか家に着いても、玄関に入ることができず、長い間その場に座り込んでしまいました。足が重くて、どうしても、ドアを開けて一歩踏み入れることができない。なんだか、そのまま今までの生活に戻れる気持ちじゃなかった。「なんでだろう?」「何がいけなかったの?」「私、何かしたかな?」そんなことが、頭の中をずーっとグルグル回っていました。

 先生は、「赤ちゃんに育つ気がなかったんですよ。あなたのせいじゃないから」と言ってくれました。移植のときには問題がなくても、枯死卵になることはよくあることだとも教えてくれました。

 でも、何も原因がないのなら、じゃあ、私はこれからどうすればいいんだろう? 何に気を付ければいいんだろう? 何ができるんだろう?

 そうして、しばらくの間色々考えていましたが、そのうちに、ふと思ったのです。「あんなに喜んじゃいけなかったんだ」「調子に乗っちゃいけないんだ」と。

 私は、プロのスポーツ選手として戦っている夫の横で、チャンピオンになるという目的に向かっていく姿をいつも見ていました。そんな主人の姿から受け取ったメッセージは、「何かを得るためには、何かを捨てなければいけない」ということ。私は仕事に一区切りをつけて、治療に専念することを決断しました。

 私の結論は「諦めない!」ということでした。ここまでステップを上がれたんだもの、まだまだダメじゃない。心も体も傷ついたし、たくさん泣いたけれど、私はまだやれる。やれることがあるなら、全部やろう。そうじゃないと、きっと後悔する。一つステップを上がったところで、一喜一憂している場合じゃない。

 そうして臨んだ5回目の採卵では、分割がゆっくりではあったものの、初期の胚盤胞になったので移植しました。しかし、結果として妊娠には至りませんでした。そのとき初めて、「ココロが疲れた。少し治療をお休みしようかな」という気持ちになりました。一度、心も体もリセットしてもいいかもしれない。そのほうが、次のチャンスが広がるかもしれない。そういう、あくまで前向きな気持ちでしたが、実際にはお休みすることはありませんでした。

 なんと、そのタイミングで、夫のほうから「転院しない?」と提案があったのです。これが、その先を左右するターニングポイントになりました。2010年の年末、最初の転院から2年ほどが経ち、私は28才になっていました。

(取材・文/荒木晶子 撮影/鈴木愛子 企画/後藤美葉)

矢沢心

女優・タレント。1981年東京生まれ。1997年デビュー。夫である魔裟斗さんは、日本人初のK-1世界王者として知られる。著書に『ベビ待ちゴコロの支え方』(主婦の友社)など。10月7日に不妊治療セミナーにゲスト出演。詳しくはこちらhttp://www.jineko.net/wordpress/ttc-seminar/asada-amhseminar/
日々の暮らしをつづったオフィシャルブログも人気。「コロコロこころ」https://ameblo.jp/yazawa-shin/

連載バックナンバー

矢沢心と魔裟斗の「諦めない不妊治療」

CLOSE UPPR

DUAL Selection-PR-

「生活・家事」ランキング

ピックアップ

-PR-

注目キーワード