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女性の「左官職人」第一号を生んだ奇跡の職場

小酒部さやか/原田左官工業所・社長インタビュー「面白そう。やってみたい」という女性事務職員の一言から、すべては始まった

マタハラNet代表・小酒部さやかさんの連載・第7回。今回、小酒部さんがお話を伺ったのは、原田左官工業所(東京都文京区)社長の原田宗亮さんです。女性の「左官職人」第一号を生み、それをきっかけに顧客層を広げ、歴史ある左官の業界に新しい風を吹かせる原田さんに、女性活躍の可能性について伺いました。

女性活躍の第一歩は女性事務職員の「面白そう。やってみたい」の一言


原田左官工業所社長の原田宗亮さん

小酒部 まずは御社における女性活躍のきっかけをお聞かせいただけますか?

原田さん(以下、原田) 女性事務員が職人の仕事を見て、「私もやりたい」と言ってきたのです。1989年、ちょうど男女雇用機会均等法のタイミングでした。

―― 当時、均等法を意識されていたのでしょうか?

原田 それは全くありません。職人さんが見本を作る様子を見ていた女性事務職員が「面白そう。やってみたい」と。当時はバブルで猫の手も借りたいという状況でしたし、アルバイトスタッフにも高給を支払う時代だったので、「掃除でもなんでもいいから現場でやってみるか」と返事をしたのが始まりでした。それまで、我々の業界で女性職人はいなかったのです。

―― 実際にやってみていかがでしたか?

原田 左官は高度な技術が必要なので、すぐ仕事で塗らせるところまではいきませんでした。現場で色々な手伝いをしながら見本を塗るわけです。技術がないために平らに塗れないのですが、逆にデコボコに塗ったものを模様として楽しんだり、白い漆喰にアイシャドウを入れて色を付けたり、口紅を砕いて入れたりして、それもグラデーションにしたりと、デザイン性を出していました。そういった自由な発想があったんです。

―― それはすごい! 本物の化粧品ですか。

原田 はい。今でこそ、町を見渡せばいろんな壁がありますが、当時の左官の壁といえば、特に漆喰は真っ白で平ら。色があっても、ねずみ色か黒か弁柄の赤といった日本の伝統色しかなかった。

 それが彼女達の手に掛かったら、派手なパープルの壁になった。ものすごく新しかったんです。そうやってできた新しいサンプルを作っていくと、学生のアルバイト達が「これは面白い商品だから自分達でも売ってみたい」と言って、設計事務所に配ってくれるようになりました。

 当時はディスコのような派手な装飾の建物がはやっていた時代です。そのニーズと女性初の新商品がマッチし、女性達の仕事につながりました。それまでは現場では掃除や材料運びといった仕事ばかりで、職人さんにとって女性はアルバイトみたいな存在だったんです。


小酒部さやかさん

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