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大島花子 息子を生んで父・坂本九の死と向き合えた

仕事

大島花子 息子を生んで父・坂本九の死と向き合えた

大島花子さんインタビュー(上)「父は旅行に行ったんだ」とごまかして、悲しみをやり過ごしてきた

 「ヨイトマケの唄」をこのたびリリースした歌手の大島花子さん(43)。母の苦労を歌った美輪明宏さんの曲を、大島さんが子育て中の母として解釈し、温かな歌声でカバーしています。大島さんは1985年、11歳のときに父・坂本九さんを飛行機事故で亡くしました。長い間、感情のスイッチをオフにしてきたといいます。出産や被災地の訪問を経験して、父の没後30年、やりたいことがはっきりしました。2回にわたり、大島さんの人生を紹介します。

 七夕の夜、大島さんは都内のカフェで歌っていました。元NHKアナウンサー・村上信夫さんのトークライブで、永六輔さんの一周忌にちなんだ催しです。大島さんの父・坂本九さんの名曲「上を向いて歩こう」「見上げてごらん夜の星を」を作った永さんと、公私ともに交流があったそうです。

 おなじみの曲は、大島さんの柔らかい歌声とギタリスト・笹子重治さんのアレンジで届けられました。「上を向いて歩こう」を歌うとき、大島さんは手話をしながら、お客さんと一緒に歌えるようリード。合唱になり、笑顔が広がりました。

太陽のような父を亡くし、感情のスイッチをオフにした

 大島さんは、飛行機事故で父を亡くしたとき、11歳の小学生でした。父は数々のヒット曲で知られる歌手。俳優や司会としても活躍していました。

 「太陽のような人で、大好きでした。仕事が忙しく、一緒にいられる時間は少なかったけれど、一緒にいられるときは目いっぱい向き合ってくれました。会えなくても、手紙やメモの交換日記でやりとりしました。時間の長い短いではなく、そばにいてくれた父。楽しい記憶です

 父が亡くなった後も、小学校に通い、日常生活をキープしつつ、「何でいてくれないんだろう」という思いが、ところどころで湧き上がってきました。「専門家に相談したことはありませんでした。心のケア、というのは阪神大震災が起きて言われるようになって、当時はそういうケアが必要なことも分かりませんでした

 担任の先生が話を聞いてくれ、結果としてそれがサポートだったのかもしれません。直接、父の死には触れませんが、本を読んだ感想や作文を書くよう勧められました。「根底には父のことがある。こう生きていきたいといった思いを書きました」。感情のスイッチをオフにして、「父は旅行に行ったんだ」と思うようにしていました。ごまかすというか、それが生き抜くすべだったのです。母や妹、家族みんなにそういう感覚がありました。

おおしま・はなこ 1973年生まれ。11歳の時、父・坂本九さんを飛行機事故で亡くす。OLや塾講師をしながら音楽活動を続け、2003年CDデビュー。ショーロクラブのギタリスト・笹子重治さんとのライブを重ね2014年、ファーストアルバム「柿の木坂」発表。被災地や福祉の現場でも歌い続ける。

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