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小島慶子 40過ぎてADHDと診断され自分知った

子育て・教育

小島慶子 40過ぎてADHDと診断され自分知った

発達障害を今は、むしろギフトと思える。わが子が「定型」とされる何かからズレていても、恐れないで

小学校のとき、教室で浮きまくっていても…

 つまりは激しいギアチェンジの末にコースアウトするわけだが、これがうまくいっているときには何が起きるかというと、誰かの話を聞きながら別の論点を思いつき、それを維持したまま目の前の話を続けてよきところで展開させ、聴衆が飽きてきたところで論点を変えて、だいぶ話が逸れたところでまた元の論点に戻すというのを即興でやるとか、他人がいちいち考えない細かいことを考えているので描写が的確で、物事を説明するときに要約したり詳説したりを自在に切り替えるとかいうことができる。つまりはマニュアル運転だからこそ、言葉の蓄積や思考の道程が豊かなのだ。それがたまたま仕事になっている。

 障害は人の体にあるのではなく、それを障害たらしめる環境にあるのだとはよく聞くけれど、私の場合はまさにそうだった。家庭や学校や会社では私の特徴はときに生きづらさにつながることがあった。周囲の理解がない環境では、本人の心がけが原因だとされて、自罰感情が強まる一方だった。でも今は、違う。

 長年の工夫の積み重ねと、診断をきっかけに得た知識と、周囲の理解のおかげでこの特徴はむしろギフトであると思えるようになった。今でも時々この「なんにつけ度を越している」という特徴がとても辛いこともあるけれど、もう何が起きているのかを知っているから、以前のように混乱し、いたずらに自分を責めることはなくなった。

 しかし「度を越している」ことはそんなに悪いことだろうか。私の周囲を見回すと、そんな人は珍しくない。大きな組織で働いている人、独立して活躍している人、自ら組織を立ち上げた人、専門性の高い仕事についている人、いろんな人がいる。集まって会議なんかするとお互いに平気で話に割って入るしかぶせるし、言いたいことが多すぎるから早口だし次から次へといろんなことを思いつくから話が終わらないし、とてつもない速さと集中力で凄いパフォーマンスの仕事を仕上げたかと思うともう次の仕事に集中してしばらく音沙汰がなくなったり、そして少なからぬ人たちが集合時間にルーズである。だけど物事はぐんぐん進む。形だけの無駄な会議はない。言葉が飛び交い、話が脱線し、新たな発見をシェアし、次々に何か思いついて、持てる知識と経験を差し出し合い、あっという間に人の輪が広がって、でもお互いにそんなこと当たり前だと思って尊敬し合っている。

 もしかしたら彼らは、小学校の教室では浮きまくっていたかもしれない。先生からは扱いづらい子と言われたり。だけど、そんな人たちが仕事で実績を積んで、実際に凄い勢いで世の中や人の気持ちを動かしているのを見ると、浮いててよかった!とすら思えるときがある。

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