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魔裟斗 最初は子どもなんて欲しくなかった

矢沢心さんと魔裟斗さん夫妻の4年に及ぶ不妊治療の記録。現役時代だけでなく、不妊治療を始めてからも夫婦の間にあった温度差

結婚しても、子どもが欲しいとは思っていなかった

 赤ちゃんや子どものことも、全然かわいいとは思ってなかった。若かったし、友達と遊んでいるほうがずっと楽しかった。子どもがいるとうるさいし、汚れるし、何よりもその空間が子ども中心になるでしょう? 話していても、子どもが何かしたらそちらに気を取られてしまう。それがイヤでした。

 周りに子どもが生まれた友達ができ始めると、皆で集まるときに子どもを連れてくることがありましたが、そういうときも内心「連れてくんなよ」と思っていました。

 だから、結婚しても「子どもは何人欲しい」とかは、考えたこともなかったです。心は考えていたようですが、僕は全く関心がありませんでした。「子どもの頃は、小さな子と遊ぶのが好きだったよ」と親に言われましたが、「そうだったかなぁ……?」という感じでした。

 そんな調子だったので、もし現役だった頃に子どもができていても、遊んであげたりすることはなかったと思います。現役時代は、常にプレッシャーがあってイライラしていて、自分以外の人間の面倒を見る余裕なんてなかった。子どももきっと、僕のことを嫌いになっていたんじゃないかな。

 そう考えると、授かるべきときに授かったんだなと思います。赤ちゃんは将来のパパとママを上から見ていて、この世界に下りてくる時期を自分で決めるというような話を聞きますけど、あれはまんざらウソじゃないかも、と思うことがあります。うちの子も、きっと上から僕を見ていて、「今行っても、パパは全然余裕がないから、かわいがってもらえない」って思ったんじゃないかと、そんな風に思うんです。

 子どもに対する気持ちは、結婚から1年がたち、心が「不妊治療を始めたい」と言ってきたときも、実はほとんど変わっていませんでした。

 当時はまだ現役でK-1に出場していたころで、とても関わる余裕がなかったし、内心では「子どもなんて自然にできるでしょ。そんなに考えること? そこまでしなくちゃいけないの?」と思っていました。でも、「心がやりたいのなら、好きなようにやっていいよ」というスタンスを取っていました。

 それは、心が1回目の転院をして、体外受精にステップアップしてからも、変わりませんでした。だから、最初のクリニックのときも、転院してからも、心と一緒にクリニックに行ったことは、ほとんどなかったと思います。

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矢沢心と魔裟斗の「諦めない不妊治療」

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