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安永聡太郎 「夢を失い引退」からの新しい夢

子育て・教育

安永聡太郎 「夢を失い引退」からの新しい夢

元Jリーガー・安永聡太郎さん(下)プロサッカー選手になったのに不満ばかり。失敗体験から、子どもたちに伝えたいこと

 スポーツ選手として活躍したアスリートが「夢先生(ユメセン)」として全国の小中学校に派遣され(主に小学5年生対象)、夢を持つことの素晴らしさや努力すること、仲間と協力することの大切さを伝え続ける「JFAこころのプロジェクト『夢の教室』」。前回に引き続き、今回も、静岡県伊豆の国市立韮山南小学校の5年生のクラスで開催された夢の教室における、元Jリーガー・安永聡太郎さんの夢トークの下編です。

上編はこちら 安永聡太郎 「弱いジャイアン」だった子ども時代

優勝は1人の力ではできない

安永聡太郎さんの「夢曲線」

 プロのサッカー選手になるという夢を持った安永少年は、サッカーに関しても夢をかなえるための目標を設定することにした。

 「プロのサッカー選手になるには、目立たないといけない。サッカー選手として注目されないと誘ってもらえないからね。だから、日本一になろうと思った。でも、まだまだ日本一なんて、やっさんのなかでは大き過ぎる目標だった。やっさんが小学生のときに住んでいたのは、山口県の宇部市というところ。山口県って中国地方なんだけど、まずは、日本一の前に、サッカー部が中国地方5県で1位になれるように頑張ろうと思った。そのためには山口県で1位に、その前に宇部市で1位になる。そういう目標を1つずつ決めていった。小学校6年生でプロサッカー選手になるっていう夢を持ったときに、具体的に段階的な目標を作りました」

 宇部市内には19のチームがあり、小学6年生のときに宇部市の大会で優勝した。

 「宇部市の大会で優勝できて、『安永っていうサッカーうまいヤツがいるよね』って言われるようになりました。さらに、中学生になったときには、山口県と中国地方の大会で優勝することができた。もちろん、これは、やっさん1人の力じゃないよ。みんなで協力したから。チームメートとしっかり協力して、練習もいっぱいやったからこそ、だね」

 中学生で日本一を達成することはできなかったが、諦めることはなかったという。

 「中学生のときは、月に1回しか休みがないくらいたくさん練習してチームメートと共に頑張って中国地方で優勝することができたけれど、日本一には全然及ばなかった。そこで、やっさんが考えたのは、『失敗のしかたが違うんじゃないかな?』ということ。日本一を目指すための失敗、つまり挑戦だね。“日本一を目指すための挑戦”をやっさんはできているのかな、と思うようになった」

夢をかなえるために変わらずやってきたこと

 日本一を目指すための挑戦ができる環境を求めて、安永少年は高校進学で一つの決断をした。

 「高校は、静岡県にある静岡市立清水商業高校(現・清水桜が丘高校)という学校に行くことにしました。なぜかというと、全国でも有名なサッカーの強豪校だったから。やっさんが中学生のころ、静岡はサッカー王国と呼ばれていました。静岡県で優勝すれば、日本で一番になれる。それくらい、静岡のサッカーって強かったんだね。だから、一番強い高校に行けば、一番になるための挑戦、つまり、日本一になるための挑戦ができるんじゃないかと思った。日本一になるためにたくさんの失敗を味わって、挑戦する。そうすることで成長できるんじゃないかと考えて、3年間、サッカーを必死に頑張ります」

 全国的なサッカー強豪校に入学した安永さんは、当時をこう振り返る。

 「まあ、つらかったねぇ~! 日本一を目指す挑戦だからね。サッカー部だけで部員が100人。しかも、みんなレベルが高い。そんなチームメートたちと朝、まだ日が昇らないうちから家を出て朝練して、学校が終わったら日が暮れてもナイター照明をつけて練習。家に帰ると、親はいないから自分で洗濯してね。そして、朝になったらまた仲間たちと朝練。つらいけど、みんなと一緒に頑張る。そういう生活を繰り返し、繰り返し過ごしていました」

 高校で日本一を決める全国大会は年間4回。3年間で12回チャンスがある計算だ。

 「毎日、毎日、仲間と練習を頑張って、やっさん、高校3年間で6回も全国大会で優勝することができました。3年間で12回あるチャンスの半分で日本一になることができました。これはもう、さっきから言ってるけど、やっさん1人がすごいわけじゃない。日本一を本気で目指して挑戦する、本気で失敗しあえる仲間と共に3年間過ごすことができたからなんだね。そして、やっさんが高校を卒業するころには、Jリーグもできて、日本にプロのサッカークラブがたくさんできた。そして、プロのサッカー選手になることができました!」

 中学校から高校時代を経てプロサッカー選手になるという夢をかなえた話を駆け足で話した安永さんは、こう続ける。

 「夢をかなえるまでの大まかな話でしたけれど、やっさんは夢をかなえるために変わらずやってきたことがあります。それは、自分ができる“最大限の挑戦”です。つまり、“最大限の失敗”を繰り返し、繰り返し、自分の成長につなげていくこと。高校に行くまでは、その挑戦のやり方が分からなかったけれど、もっといい経験ができるかもしれない場所に行こうと、自分の環境を変えた。そうすることによって、目標を1つずつ達成することがきて、夢に近づくことができました」

 ここまで話すと、再び夢シートを広げるように指示して、2番目の項目「その(夢)ためにできること、やってみようと思うこと」を子どもたちに書いてみようと促した。

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アスリートが小学生に人生を語る 『夢の教室』

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