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坂東眞理子 親の一生懸命さは子どもに必ず伝わる

(3)何とかまともな親子になりたいと思いながらも、7歳の長女を置いて米国に単身留学を決意。娘との関係は?

昭和女子大学学長の坂東眞理子さんに、子育て中の親のための“魔法の言葉”を伺う第3回。坂東さんは26歳で第1子を出産した後、12年を経て“establish career first”を実践し、第2子をもうけました(第1回「坂東眞理子 仕事60点、子育て60点で十分です」)。

実母という強力な子育てのパートナーを得て、坂東さんは仕事と育児を両立し、順調にキャリアを築いていきます。そして、実母と子ども達は強い絆で結ばれることになりました(第2回「坂東眞理子 子育てで肝心なのはチーム作り」)。しかしながら、母子の関係は薄~いものに!? そして、かつてキャリアを優先した報いとも言える事態に直面することになります。

働く母と子どもの間に生じた擦れ違いや葛藤、それを坂東さん親子はいかにして乗り越えたのでしょうか?

自身34歳、長女7歳のときに単身の9カ月米国留学に踏み切る


昭和女子大学学長の坂東眞理子さん

―― 今回は、子育てをしつつ、どのようにキャリアを築いてこられたのかをお伺いしたいと思います。34歳のときにアメリカのハーバード大学に留学されていますが、そのときお子さんも連れていらしたのですか。

坂東さん(以下、敬称略) 子どもがまだ上の娘一人で、当時7歳でした。留学期間は9カ月余りで、単身で渡米しました。その間に、母が東京に拠点を移したのです。

 本当は子どもと一緒に行きたかったのだけれど、私自身の経済力も英語力も乏しいし、向こうの生活が一体全体どうなるか見当もつかない状態だったので、連れていかないことにしたんですね。

 だから、罪悪感はありました。ですので、国際電話がまだ高い時代でしたが「毎週末電話をかけるから声を聴かせてね」とお願いしてありました。

 ところが、実際にかけると、家にいないんです。アメリカの土曜の深夜は、日本の日曜日のお昼で、母と娘は二人で遊びに出かけていたの。「なんだ、私は必要とされていないんだ」という感じだったんですけどね(笑)。今のように格安航空券が手軽に手に入る時代でしたら、きっと何度か帰国していたと思います。

 長女は一時期、少しだけ精神的に不安定になったこともあったようですが、何とか乗り越えてくれました。

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