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がんママ 「子どもとの城を守る」がモチベーション

(下)久野美穂さん 自分で自分の家賃を払いたいから、母とも同居しない。がんと共存しながら働くことを選択

乳がんで右乳房の全摘手術を受け、半年後には骨転移も分かった久野美穂さんは、友人の募金活動のおかげもあって先進医療の高精度放射線治療を受けることができました。2015年には、7カ所に残った骨のがんと共存しつつ、コマーシャル制作のプロデューサーとして2年ぶりに職場に復帰しました。

6歳の息子に「ママがもしもいなくなったら、空に一番光るあの星を見て」と伝えるかたわら、サッカー教育にも熱心なシングルマザーです。「働くママ 『がんでも、人生ってこんなに楽しめる』」に続いて、今回は、がんになってからの仕事への向き合い方、お子さんに伝えたいと思っていること、そしてがんになったことで見えてきたことを中心に伺います。

“24時間365日の仕事人生”が、真逆になった

日経DUAL編集部 久野さんが職場に復帰してほぼ1年。働き方は変わりましたか? それとも、以前と同じようにバリバリやっているのでしょうか?

久野美穂さん(以下、敬称略) 今は「ノーと言える勇気を持とう」というスタンスでやっています。復帰した直後のプロジェクトでは、2月から5月まで、病気になる前と同じようにフルスロットルでやりました。「復帰後にどうやってバランスを取ればいいのだろう」と思っていた時期に、一緒に仕事をしたいと思う方から声をかけていただいたので、思い切ってやってみたんです。「これでダメだったら、やり方を変えればいい」と思って。

 そして、また子どもの面倒を見られない日々に逆戻りしました。そのプロジェクトの最中は、子どもの面倒はだんなと実母に連携して見てもらいました。

―― 思い切り仕事をしたときの感覚はどうでしたか?

久野 「二度とこういう働き方はするまい」と(苦笑)。体力的に本当につらかったです。職場では、自分ががんであることはカミングアウトしないでやっていましたから、24時間ぶっ通しの撮影などもこなして、体が悲鳴を上げていました。案の定、撮影の翌日には熱を出し、チームを組んでやっていた人に助けてもらいました。その後は、「ノーと言える勇気を持とう」と。

 病気になる前は、文字通り24時間365日働いていました。子どもの世話は義理の母に任せきり。子どもの面倒を見てもらうために同居してもらったのです。当時は、忙しいことがステータスだと思っていたし、男性と張り合ってやってきました。

 でもがんになって、「今までの生き方って、自分のことしか見えていない生き方だったな」と思ったんです。自分のやりたいことや、自分が仕事でどうやって出世するか――、そういうことしか考えていなかった。でも、がんになったことで、仕事はあくまで人生の一部にすぎないと気づいたんですね。それまで仕事が一番、家族が二番でしたが、病気になったら、「いや、プライベートの時間も、仕事の時間も、ちゃんと取るというのが社会人だな」と思うようになりました。

 今は、ガンガン仕事が来そうになると、「私できません」という空気を出します。夕方も4時30分ごろからソワソワし始める(笑)。頑張って6時には帰るようにしています。帰るときも「お先に失礼します」と言うと、「ホントすみません」って何か悪いことをしているみたいなので、「私、子どもの迎えがあるので行きますね」と言い方を変えたんです。そうしたら、みんな、「あ、行ってらっしゃい」と返してくれるようになりました(笑)。

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