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公務員ママ 両親の力を借り、子連れ米国赴任も

板橋都税事務所・所長の丹羽恵玲奈さん。「制度を活用し、管理職の醍醐味を味わっています」

GMN(Global Moms Network)という団体のプロボノ活動を通じて出会った丹羽恵玲奈さんは、東京都庁に勤める小6と小1の女の子のママ。10年前には米ニューヨークに子連れ単身赴任し、2015年、主税局の板橋都税事務所の所長に就任しました。制度も両親もフル活用しながらキャリアを積んできた丹羽さんが、後輩ママ達に贈るのは「キャリアを積むにつれて仕事が楽しくなった。皆さんにも挑戦してほしい」という言葉。お嬢さん達を保育園に通わせていた時代から今までの頑張りと、その軌跡を聞きました。

インタビューを動画でご覧いただけます(2分50秒)

出産後6カ月で復帰。定時退社しても保育園のお迎えに間に合わず……

藤村 世間には「公務員は産育休がたっぷり取れる」というイメージがありますが、実は休みもそこそこにバリバリ仕事をしている人も少なくない、と聞きます。恵玲奈さんはどうでしたか?

丹羽さん(以下、敬称略) 出産前は、それこそ毎日深夜まで残業するという職場にいたこともあります。部署によって働き方が大きく違うのが公務員の仕事だと思います。

 私は、第一子を10月に出産して、その翌年の4月、つまり0歳の娘が生後6カ月を迎えた時点での復帰を選びました。出産前に管理職試験に受かっていたこともあって、復帰のタイミングで管理職になりました。部下がいるわけではありませんでしたが、全く新しい仕事でしたし、スケジュールが細かく決められていて、休めない。残業はしないようにしていましたが、日曜日の出勤も多くて……。このときが一番つらかったですね。

 都庁の定時退社時刻は夕方5時45分。決して遅いわけではありませんが、公立の認可保育園の通常保育時間は6時や6時15分までのところが多いですよね。通勤に45分ほどかかる私は、定時に職場を出ても、延長保育のない0歳児保育のお迎え時間には間に合いません。そのため、復帰後すぐから、近所に住む両親に手伝ってもらうことになりました。

 当時はまだ授乳中で、体もしんどい。子どもの病気などもあったと思うのですが、本当にほとんど覚えていないんです。それくらいつらかった。

―― 一番大変な第一子の職場復帰後に、両親のヘルプがあるというのはありがたいですね。ご主人と分担されることはなかったのでしょうか?

丹羽 父が定年退職してから数年たったころで、たまたま健康だったから、頼ることができたのだと思っています。あと、父は2016年で79歳になるのですが、当時の男性としては珍しく、現役時代から育児も家事も普通にやる人でした。そのため、母だけに負担がいくことがなかったというのも大きな理由だと思います。

 一方で、夫は平日は毎日夜遅くまで残業があり、家事・育児ができません。私は自分の父を見て育ちましたので、最初は驚きましたが、「父が特別だったのだ」と後になって気付きました。もちろん、夫も色々やってくれることはありますが、基本的には、私が難しいときは両親を頼っていました。

 長女が3歳児クラスに上がってからは、まず夫を頼り、次に外部のサポートを頼り、都合がつかなければ実家に頼る、という順番になりました。

 私が仕事で遅くなるときは、まずは夫の都合がつけば対応してもらいます。夫の都合がつかず、私が8時ごろまでに帰宅できそうなときは、実家で夕飯を食べさせてもらいます。それより遅くなる場合は、実家で夕飯を食べさせてもらったあと、職場の助成を利用できる民間のベビーシッター(ポピンズ・ナニーサービス)を利用したり、知り合いの大学生にお願いしたりしました。子どもが病気になったら、なるべく病児保育を利用し、朝の送りは夫か私が担当。感染症など病児保育で預かったもらえない場合は、夫婦で可能な限り交代で休暇を取りました。

 保育園では延長保育をめいっぱい利用し、長女が学童を卒業した小学校4年生以降は、基本的な育児に関しては私が担当しています。とは言え、父は今でも週に1、2度夕飯のおかずを差し入れてくれる存在。本当にありがたいです。

両親に相談後、子連れニューヨークに赴任。公募ポストにも果敢に挑戦

―― 一番しんどかったという復帰1年目。でも、その翌年には子連れでニューヨークへ赴任されたと聞きました。これはどういう経緯だったのですか?

丹羽 都庁には、公募される仕事もたくさんあって、その一つに総務省の外郭団体の一般財団法人自治体国際化協会の次長のポストがありました。両親の力を借りながらも、仕事と育児でいっぱいいっぱいの日々の中、その公募のお知らせが目に飛び込んできたんです。

 ちょうど同じ時期に、カリフォルニアに留学している友人がいたので、子連れで遊びに行ったこともありました。友人にどう思うか聞いたところ、「もしご両親が手伝ってくれるなら、できないことではない」という答え。夫は東京での仕事があるし、ついてくる気はもちろんない。でも、反対はされませんでした。そこで、両親に相談したのです。

―― 「海外で仕事をしてみたい」というのは昔からの目標だったのでしょうか?

丹羽 そうですね。もともと1回は海外で働いてみたいと思っていました。それに、両親はソウルに4年くらい駐在していたことがあって、「一度くらいは海外勤務を経験したほうがいい」と、昔からよく言われていました。

 当時、長女はまだ1歳。海外に行くタイミングが「今」なのかどうかは迷いつつ、両親に相談したところ、2人とも「協力するよ」と言ってくれたんです。それで、応募を決めました。

 ニューヨークに赴任した後は、両親が3カ月ごとに交代で来てくれて、そんな生活が2年続きました。2人の渡米がが重なる1週間は旅行などにも行ってもらいましたが、恐らくとても大変だったと思います。母のために半年間滞在できるビザも取得しましたが、やはり現地に3カ月以上滞在するのはつらいということで、結局は90日間の観光ビザで行ったり来たりしてもらっていましたね。本当に両親に世話になってばかりです。


板橋都税事務所・所長の丹羽恵玲奈さん

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