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国際色豊かなハワイへ 1000日間親子留学

子育て・教育

国際色豊かなハワイへ 1000日間親子留学

(上)大自然と豊かな文化の中で、アロハ流英語教育

 ハワイに行くのは、ホノルル・マラソンに出た大学3年以来17年ぶり…。東京の新聞社に記者として入社し、出産後は営業部門でワーキングマザーをしていた竹下聖さんは、東日本大震災の1年後の2012年3月、当時5歳の娘を伴い、ハワイ・オアフ島に飛び立ちました。当初は「小学校までの1年」のつもりの留学でしたが、本場のバイリンガル教育とハワイの公立小学校に親子で魅了され、滞在を3年間に延長。体当たりで親子留学を満喫しました。連載「親子で海外留学・移住計画」、今回は日本人にとって親しみがあり、旅行先としても人気の「ハワイ」の魅力を伝えます。

飛び出しちゃった日本

 「えっ、セラの今度のクラスはサル(モンキー)組!」。

 現地から届いた入園案内を見た私たち夫婦は、思わず顔を見合わせ、笑ってしまいました。親子留学を決意してから2カ月。近所にあったハワイ留学専門店「イーストマンハワイ」に、現地の幼稚園を2カ月と母親である私の語学学校を手配してもらい、慌ただしくビザや出発の準備をしている最中でした。

 私はと言うと、独身時代に米国のサンフランシスコに1年間語学留学の経験があるものの、既に10年も前の話。保育園の年中の娘は、英語好きな夫が赤ちゃんのころからCTPという英語絵本の読み聞かせをし、中古で買ったディズニーの英語ビデオを見て育ちました。とは言え、歩き出したのも1歳4カ月と超マイペースな性格で、汚した部屋を見て「メッシー」、泥だらけの家庭菜園を見て「マディ」と時折、英単語が口から出るレベル。ほとんど英語は話しませんでした。


不安いっぱいで始まった親子留学。3年後には娘も日焼けし、背中もすっかりたくましく

ハワイ留学を決断した理由

 その1年前の東日本大震災時、私は都心の営業先で地震に遭遇しました。続く放射能汚染で日本社会が揺れる中、ワーキングマザーとして夢中で走っていた私の心の中で「もっと娘と向き合う時間が欲しい。できれば、自然の豊かな場所で」という気持ちが、日増しに強くなってきました。

 当初は沖縄の離島も候補でしたが、「どうせ新しい土地になじむ努力が必要なら、英語圏」と、浮上したのがハワイでした。日本人のお医者様もたくさんいて、治安が比較的よいことも理由でした。

 愛着のある会社を退職する以上「ある程度長期で」と思い、語学学校でも取得できる学生ビザ(F1)を申請。娘には同伴者ビザ(F2)をとっての出発でした。

 当時は留学準備に退社の引き継ぎ業務が重なり、超多忙な毎日。ビザ申請には代行会社を利用しました。書類のチェックや大使館の面接予約の代行をお願いし、費用は約4万円でした。

嵐のようなハワイ到着


トランクを乗せた台車を、張り切って押す当時5歳の娘。ハワイ用の夏服は現地調達でと思い、荷物は少なめでした

 こうして、退職1カ月後に羽田発ホノルル行の深夜便の機上の人になった私ですが、直後から試練が始まりました。ウキウキ気分の観光客に交じり、子どもの安全を守る責任が両肩にのしかかっていた私は、緊張のため一睡もできず。ハワイ到着後には、ホテルに向かうタクシーの中で、娘も緊張していたのか嘔吐。運転手にいきなり英語で怒られ、清掃代を50ドル(当時は約4000円)も要求されるなど、嵐のようなオアフ島上陸でした。

 荷物は母子で持てるトランクケース2個と手荷物少々。最低白飯を食べさせれば生きていけると、小さな電気炊飯器をしのばせての渡米でした。

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