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野宮真貴 結婚も出産も自分にとっては自然なこと

ピチカート・ファイヴ3代目ヴォーカリスト。息子は医学部に進学中。「すべてを完璧にはできないから、手を抜くところは手を抜いて」

最近、ママ友がSNSにアップした集合スナップの自分を見て、ショックを受けたりしていませんか? 産後の体型が戻らなかったり、仕事と子育てに追われ、髪の手入れも怠りがち、メークも手抜きでほぼスッピン……。つい、電車の窓に写るわが身の姿は見て見ぬふりをしてしまっている、なんていう方もいらっしゃるかもしれません。でも、実はその小さな気づきこそ「おしゃれの扉を開けるチャンス」。何事も子どもが優先で自分のことは二の次になってしまいがちな働くママ達にこそ、「簡単に美人に見えるテクニック」を知ってほしいと語るのはシンガーの野宮真貴さん。

デビューから今年で35周年。56歳になった今も、その美しさとエレガントさにますます磨きがかかる、眩しい存在です。90年代、ピチカート・ファイヴ3代目ヴォーカリストとして活躍。『東京は夜の七時』や『ツイッギー・ツイッギー』を代表とするチャーミングな歌声だけでなく、独特なビジュアルセンスに魅了された方は多いはず。何枚も重ねづけされたつけまつ毛、大きなウイッグ、どんな派手な衣装も着こなす姿は、女性達の憧れのアイコンでした。その野宮さんがプライベートで結婚、妊娠、出産、子育てを経験されていたのは、まさにあの人気の絶頂期。どんなに多忙であっても仕事も育児もしっかりこなしていたといいます。その軌跡について、“DUALママ”の先輩として、おしゃれのテクニックはもちろん、当時の子育て秘話、現在大学生になったご子息との関係などを中心に伺いました。

結婚も出産も自分にとっては自然なこと。だからファンにも報告しなかった

日経DUAL編集部 ピチカート・ファイヴ時代のあのころ、結婚や出産のことは世間には秘密されていたのですか?

野宮さん(以下、敬称略) 結婚も出産も自分にとってはごく自然なことだったので、ファンには特に何も報告せず、音楽活動を続けていました。それまではずっと歌手になることしか考えていなかったので、仕事を辞めることも全く考えていませんでしたしね。ちょうどワールドツアーなどもあってピチカート時代でも一番忙しい時期。妊娠初期はつわりもありましたが、幸いそれほどつらくはなかったので妊娠5カ月までツアーにも行き、7カ月を過ぎる辺りまでCM撮影もしていました。

 お腹がふっくらしてきたころの撮影ではゆったりした洋服を着たり、体の前でギターを持ったり、大きな帽子でおなかのあたりをさりげなく隠したり。現場スタッフの協力のおかげで、それなりになんとか知られずにきたという感じで。当時は年齢を非公開にしていましたしね。いろんなタイプの女性に変身したかったし、年齢に縛られずに自由でいたかったという思いがありました。

―― いわゆる産休や育休は取られなかったのですか?

野宮 出産直後の2~3カ月は休みましたが、コンスタントにアルバムをリリースして、休んでいる期間だと分からないようにしていました。復帰後は子どもを保育園に預け、まずはレコーディングや取材対応から始めてね。なんとか時間をやりくりして、できるだけ送り迎えも自分で行くようにしていました。撮影後、着替える時間がなくて派手な衣装のまま保育園にお迎えに行ったことも。

 主人はもちろんですが、おじいちゃん、おばあちゃん、妹など家族総動員で協力してもらいました。子どもが産まれる前に家族で相談して、実家のそばに引っ越したんです。しかも同じマンションの上と下でしたので、ツアーで1カ月以上家を空けるようなときでも、とても頼りになりました。あとは仲良しのママ友にお世話になったり。そのママとは今でもお付き合いがあります。

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