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夢を叶える40代へ ぬるま湯の大企業を退職

管理職を辞め、夢は起業の3児ママ・カヨさん(上)年代ごとに描いてきた「自分のあるべき姿」。近づくために退職を決意

 20年余り勤めた会社を退職した、ジャーナリストのなかのかおりです。私と同じように、心血を注いできた仕事をやめたママ、やめようか悩んでいるママは、きっと多いと思います。そこで退職を選んだママの葛藤や、その後のプランについて、連載で紹介します。

 2人目となる今回は、管理職を務めた大企業を辞め、小さな会社に転職したママの物語を紹介します。約10年の在職中に、3回の出産をしながら管理職としても活躍したのに、なぜ退職したのでしょうか。目標は起業という、3児のママの物語を紹介します。

仕事が大好きで、働きながらの子育てでも大変とは感じなかった

 東京都内に住むカヨさん(仮名、40歳)は、大学卒業後に入った会社で4年ほど営業の仕事をして退職。その後、学生のころに身に付けた中国語を生かし、上海で3年半、働きました。帰国してからは、中国人が経営する会社に勤めました。9年間、社長の秘書と広報の仕事をして、今年3月に退職しました。

 在職中に長女・次女・長男と3回の出産を経験しました。初めは契約社員でしたが、正社員になって1年もしないうちに長女の産休に入りました。2度目の出産後は、管理職に昇進。子育て中でも、働きを評価してくれるトップでした。管理職になっても、10時から17時の時間短縮勤務が認められました。

 カヨさんは仕事が大好き。初めての育休中、産後うつのようになってしまいました。この会社で働くようになったきっかけは、契約社員として、社長に頼まれて手がけたイベントを成功させたこと。正社員になってからも、社長に信頼されていました。思う存分、仕事してきたカヨさんには、ベビーと1対1で家にいるという状況がプレッシャーでした。自分のキャリアも心配で、育休から復帰したら毎日が楽しかったそうです。

社長の秘書として、窓口になって中国の団体とやり取り。上司にも任されていて、社長と自分とで相談して決めることができました。広報の仕事にもかかわるようになり、社長のメディア取材をアレンジしていました。

 復帰して長女が水ぼうそうにかかったときは、クリニックの病後児保育と、カヨさんの母を活用して乗り切りました。「ばあば」は少し距離のある静岡県に住んでいますが、フットワークが軽く、頼むとすぐに駆け付けてくれます。海外出張のときも、子どもの世話は、ばあばに頼みました。そのほか、仕事が忙しい日は、ファミリーサポートの自宅や友達に預けました。必要なときに預け先を探して、困ることもありませんでした。

次女は、生後3カ月から保育園に通いました。会社の大きな記念イベントを手掛けていたため、出産の1週間前まで仕事をしていました。秘書として社長に話しやすい立場だったので、社員から相談されることも。昼食会やお土産についてのアイデアも、カヨさんのアイデアが通りました。

 2人の子どもたちは、病気もあまりせず、サポートもあったので、働きながらの子育ては大変と感じませんでした。

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