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川上未映子 「主人」という言葉が心底嫌い [PR]

【第4回】わたしは「主人」アレルギー。「嫁」も気が滅入る。言葉をもっと大切に!

 もちろん言葉というのは生き物で、「そういう主従とか関係ない感じで、たんに、カジュアルに使ってるんじゃないの」というのも理解できる。あとは、本当に「わたしのご主人様💕」みたいに思ってる人もいるのかもしれない。また、よくわかんないけど、若い人でも「いい相手と結婚ができた自分💕」とか「わたしのこの立場、最高💕」みたいに感じている人が、ある種のステータスを顕示するための「主人が~💕」が存在するのも、もちろん、わかる。そういう人はまあ、どうでもいいんだけれど、でも、自分も一生懸命働いていて、誰の所属物でもないのに、夫にたいして、なんとなく「主人」って使ったり使われたりしているのを聞くと、なんか、たまらないものがあるんです。

無意識に「主人」と言っていると奴隷根性をすりこまれる

 そう、どんな文脈であれ、やっぱり主人は主人だ。ご主人さまだ。言葉っていうのは、どうしてなかなか厄介なもので、使っているとその言葉のもつ意味は、けっこう心身にぐいぐい侵食してくるものなのだ

 「おまえは駄目だ」と言われつづけると自己肯定感が希薄なままに育ったり、「すごい、上手だね!」と褒めてつづけると逆の効果があるなんてのは、みなさんもご存知の通り。言葉は、考えかたや性格や生き方に、ものすごーく作用する。対等なパートナーたる相手のことをふだんから無意識に「主人、主人」なんて言ってると、知らないうちに奴隷根性がすりこまれて、ここ一番というときに自立心が発揮できなくなる気がする。日常的なパワーバランスだって、知らないうちに見えない「主従関係」がベースになっている恐れも多いにあるのである。言葉による自己暗示はこわいのだ。

 おなじ意味で、夫が妻に使う「嫁」という言葉もある。それを使ってるのを聞くたびに、「おまえは誰やねん、舅か」と脳内でつっこんできたけど、これがけっこう頻繁に使われる。

 嫁という言葉は個人との関係を示す言葉ではなく、言うまでもなく家を中心にした言葉。仕事柄、男性作家などと会食をともにすることがあって、「ここが近代文学、いわば近代的自我の限界だよね」とか「世界と自己の二項対立を超えるためにはー」とか、よくわからんけど「おれ、まあまあすごくない?」みたいな顔でそれっぽいことを話している人がたまにいるけど、たとえば自分の妻のことを嬉しそうに「嫁」と言った瞬間、わたしのなかでその男性作家の知性は最低ランク、さらに枠外に落ちて、金輪際、まともに話を聞く気も失せる(もちろん「嫁」という言葉に違和感を示す男性もたくさんいて、心強い)。嫁ってなんだよ、偉そうに。夫のことを指す「主人」も、妻のことを指す「嫁」も、差別用語として広く認識されればいいとわたしは真剣に思っている

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