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震災から立ち上がった老舗温泉旅館の女将

福島の女将と職人の絆(上)廃業を覚悟したが「6代目の私がやめてしまったら、先祖に叱られる」

大きな梁が折れ宿泊は困難・温泉が出て天の恵み

 2011年3月11日。女将さんは、夜遅く到着するはずのお客さんを待っていました。大きな揺れに驚き、表に飛び出すと、明治館がこんにゃくみたいにぐにゃぐにゃと揺れている。それでも建物は壊れていなかったので、営業は続けられると思いました。

 まもなく、なじみの一級建築士と文化財に詳しい大工が来て、ひび割れた壁や建物のゆがみなど見える被害を確かめて帰ろうとしたとき。念のために天井裏に入ったら、江戸館の2階と3階の間、天井裏の太い梁が5、6本折れているのが分かったそうです。「余震があって危ないので、お客さんを泊めないように。女将さんたちも避難を」と言われました。支柱を立てて板を当て、折れた部分を持ち上げてサポートする形の応急処置ができたのは、数週間後でした。

 震災後、電気や水道は止まり、その影響で温泉もストップ。数日経って電気がついたら、温泉がちょろちょろと出てきたのです。「神様は見放さなかった。天の恵みだからみんなに入ってもらおうと思いました」(女将さん)

お風呂を無料で開放・お花見におむすび千個ふるまう

 女将さんも詳しい記憶はないそうですが、1人の女性が訪ねてきて1階にあるお風呂に入ってもらいました。それが飯坂の公共施設に避難してきた人たちに伝わり、どんどん来るように。2つあるお風呂を男女別に分け、無料で開放。「並びの旅館も協力し、3軒で1日に千人ぐらいは入ったでしょうか。着のみ着のままで来る人も多く、厚手の服もないようでした。寒い日は、おばあちゃんに毛布を差し上げてくるまって帰ってもらいました」

 この話が新聞で紹介されると、避難してきた人たちへ近所から洋服が届けられたり、全国から支援物資を送りたいと電話がかかってきたり。タオルや生理用品など必要なものが集まりました。「あのとき、入れてもらった者です」と今も訪ねてくるお客さんがいます。公共施設から旅館に分宿していくまで、1か月半ぐらいは、こうして開放していました。

 楽しい思い出もあります。「4月は飯坂の桃の花が、うんときれい。飯坂温泉観光協会が避難してきた人をお花見に招待しました」。近所の旅館と地元の人たちが協力し、炊いたご飯をなかむらやに運び込み、おむすびを千個、手を真っ赤にして握りました。なかむらやの帳場は、ごま塩だらけに。500パックに分け、とん汁や餃子と一緒にふるまいました。「今日のおむすびが、人生で一番おいしかった」と言われたのがうれしかったそうです。

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