子育ては見返りを求めない、「無功徳」なもの

【新連載スタート】中学受験まっただ中。もし、うまくいかなくても、開成の受験経験がある住職は「落ちたことは人生で貴重な経験だった」と振り返ります

 名僧・松原泰道を祖父に持ち、東京都世田谷区野沢にある『龍雲寺』第十二代住職を務める細川晋輔さん。2歳の娘さんを持つパパでもあります。龍雲寺は「臨済宗」という禅宗のお寺です。禅宗の長い歴史の中で、多くの禅僧たちが“心を調えるために”伝えてきた言葉は「禅語」と呼ばれています。「こんなとき、どうしたらいいのかな」。子育てにちょっと戸惑いを感じたときに、“心のサプリメント”として効く禅語をご紹介していきましょう。

子どもは、かけがえのない「人生の重石」です

 こんにちは。私は江戸時代中期・元禄12年(1699年)に造られた禅のお寺の住職です。仏教はインドでお生まれになったお釈迦様により、紀元前500年頃に開かれました。仏教をインドから中国に伝えたのは達磨(だるま)大師です。禅宗の教えは西暦520年ごろに達磨大師によって大成されたもので、そこには「心の穏やかさ」を取り戻すための知恵が凝縮されています 。忙しい毎日の中、仕事にも子育てにも奮闘されている皆さんのために、私が今まで学んできたことが少しでもお役に立てば……。そんな思いでこの連載を始めさせていただきました。

禅僧の細川晋輔さん

 ところで皆さんは、お釈迦様がご自分の子どもに「妨げ」を意味するような名前を付けていらしたのをご存じでしょうか。ラーフラ(=ひとりご、妨げ、障がいといった意味)という名前だったそうです。私自身は2年半前に子どもを授かりました。生まれて初めて自分の命よりも大切な“自分ではないもの”を両腕で抱えた時、子どもの重みが私の心にズシンときたのを覚えています。その瞬間「もう、自分一人の人生じゃないぞ」という緊張感が全身に走りました。

 お釈迦様がお考えになったように、子どもの存在は時として自分自身が思い通りの人生を歩む“妨げ”になることもあるでしょう。実際、自由気ままな独身時代とは違って、旅行や夕食など生活への制約を感じずにはいられません。私は思いました。自分の子どもというものは“重石”なのだ。一人の人間の人生という“重石”なのだ。でも、 自分の分身である“重石”だからこそ何よりも大切であるし、親がその重石とどう向き合っていくのかが問われていくのだろうな、と。

 1~2月というと、中学受験のお子さんを抱えて頑張っているお父さん、お母さんも多いことでしょう。昔から東京では2月1日は中学受験の天王山といわれています。かくいう私も、今から28年前に開成中学を受験した、中学受験の経験があります。

頑張った分だけ人生は豊かになる
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