スマホ版サイトを見る

働くママ&パパに役立つノウハウ情報サイト

日経DUAL

元不登校の青年 親に言えなかった学校での出来事

子育て・教育

元不登校の青年 親に言えなかった学校での出来事

不登校生の心の中(上) 「あなた生きているだけで幸せ」という親の言葉、第三者に認められたことが生きる希望に。親が人生を楽しむことも子どもの救いになる

仲良し家族が、僕の不登校によって暗闇の中へ

 学校に行かなくなった浅見さんは、すべてを拒絶するようになり、自暴自棄になっていきました。「子どもの僕にとって一番苦しいのは、親を傷つけてしまうことでした。親が悲しむ原因のすべては、僕が学校に行かないことにある。そう思うと、罪悪感がどんどん膨らんでいきました

 浅見さんの家は通学路沿いにあり、登下校時には外から同級生の声が聞こえてきます。そうなると学校を連想せざるを得なくなり、つらい気持ちが湧き上がってきます。学校に行かないとダメだと思うものの、浅見さんにとって学校は傷つく場所になっているので、行くことができません。すると、親が悲しむ。親の悲しい表情を見るのはつらいので、自分が学校に行くしかない。でも、怖くてやっぱり行けない。そして親も落ち込み、自分もさらに落ち込む。その悪循環にはまっていた、と浅見さんは当時を振り返ります。

 「以前は親子の会話がたくさんあったし、休日の度に皆で出掛けるなど、とても仲がいい家族でした。けれど僕の不登校が始まってからは、家族も暗闇の中に陥り、いつからか両親がけんかをしている光景を目にするようになりました。両親のけんかの声が聞こえてくるたび、僕は自分を責めました。当時の僕は、『自分が生きているだけで、周りの人がどんどん苦しんでいく、僕がこの世の中からいなくなったほうが家族のためになる』と、心の底から思っていました。

「もう一度生きてみよう」と思うことができた、母の言葉

 ある日のこと、浅見さんは生きることへのつらさに耐え切れず内服薬を摂取し過ぎて、ひと晩中嘔吐が止まらなくなります。5分おきに台所の流しに駆け込み、苦しんで横になっている浅見さんの背中をずっとさすってくれたのが、お母さんでした。流しに行くときも、そっとついて来てくれました。

 「このときの感覚は、今でもはっきりと覚えています。その時僕は初めて、『お母さんは何があっても僕の味方をしてくれる』と心から感じました。

 また、不登校の間、母に『直輝が生きてくれているだけで、お父さんとお母さんは幸せだよ』と言われたこともあります。心の中では、その言葉を聞いてとてもうれしく感じました。ところが、僕は『思ってもねえことを言うな、くそ!』と返してしまったんです」

 これまで2000名以上の親子に出会ってきた浅見さんは、不登校児の中にはうれしいと感じているのに暴言を吐いてしまう「あまのじゃくな子」が多いように感じているそうです。「実際、僕自身もそうでした。しかし、『もう一度生きてみよう、生きていてもいいんだ』とそう思えるようになったのは母のこの一言がきっかけでした」

 「直輝が生きているだけで幸せだよ」という言葉は、25歳となった今でも浅見さんの勇気の源となっているそうです。

次ページ 親も子も冷静な判断ができないとき、第...

連載バックナンバー

不登校の子の居場所を探して

CLOSE UP PR

DUAL Selection-PR-

「子育て・教育」ランキング

ピックアップ

-PR-

注目キーワード