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児童虐待サバイバーが語る「暴力が当たり前の世界で」 

子育て・教育

児童虐待サバイバーが語る「暴力が当たり前の世界で」 

「どの家も同じ」と思い込んで育った。虐待した母も実は「虐待被害者」

「僕も虐待経験者です」

昨年11月、都内で開かれた児童虐待の講演会で、聴衆の中から一人の男性が語り始めました。「母親に包丁で殺されそうになり、逃げたら『親に恥をかかせるな』とまた怒られて…」。涙をあふれさせながら、言葉を絞り出します。「今も精神的な不安定さを抱えていますが、虐待との関係は証明できません。自分の欠点を親のせいにしているのではないか、と悩むこともあります」。この男性、小野寺操さん(32歳)が人の集まる場で虐待体験を話したのは、この日が初めてでした。後日、改めて小野寺さんに話を聞きました。

「自分の名前が怖い」親とのつながりに恐怖

 「僕は、自分の本名が怖いんです。本名を見たくなくて、自分で付けた『小野寺操』を名乗っています」

 小野寺さんはこう打ち明けました。虐待によって、名前すら母親とのつながりを思い出させ、恐怖を呼び起こすものになってしまったのです。口に出すのも宛名書きを見るのも恐ろしく、戸籍名を変える手続きを始めようとしています。顔も母親と似ており「一時は鏡を見るのも怖かったです」

 小野寺さんは、大学まで神奈川県内の実家で暮らしました。親から離れるため、あえて仙台の大学院に進学しましたが、そこで2年以上のひきこもり生活を送ります。少しずつ社会復帰し、現在は仙台市内の介護施設に勤務しています。

包丁を向ける母、不在の父 「どの家も同じ」と思い込んで育つ

 小野寺さんは一人っ子で、母親は専業主婦、父親はサラリーマンでした。

 ものごころがついた2歳ごろ、既に虐待は始まっていました。母親に当時住んでいたアパートから何度も閉め出され、泣きながらドアをたたいても入れてもらえません。声を聞きつけた近所の人が、「入れてあげなさいよ」と諭しに来たことも一度や二度ではありませんでした。外壁を通る熱いダクトに触り、やけどをしたこともあります。幼稚園にも、ほとんど通わせてもらえませんでした。

 虐待がエスカレートしたのは、小野寺さんが小学校1年生のときからです。当時新居を購入し、ローン返済で家計が苦しくなったことなどが原因ではないか、と小野寺さんは推測します。

 「『こいつは殺さなきゃ治らない!』と、包丁を向けられたことが何度もありました」

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