栗原類の母 女手一つで発達障害の子育てた親の覚悟

子育て・教育

栗原類の母 女手一つで発達障害の子育てた親の覚悟

(上)周囲に興味示さない子に「私の子ども時代とずいぶん違う」/日本社会の理不尽さを体験させるため、日本の中学校に通わせた

 俳優・モデルとして活躍する栗原類さん。独特のキャラクターで人気を呼んでいる類さんですが、2015年に自身が発達障害であることをメディアで公表。世間から大きな注目を集めました。

 発達障害の類さんを女手一つで育ててきたのが、通訳・音楽ジャーナリストの栗原泉さんです。類さんが発達障害の一つ「ADD (注意欠陥障害)」と診断を受けたのは小学校1年生のとき。当時、在住していた米国で小学校の先生に診断を受けることを勧められたのがきっかけでした。

 「実は、類の審査会場の場で、私自身も典型的なADHD(注意欠陥多動性障害)という発達障害だと指摘されたのです」。そう語る泉さんは、類さんにどう向き合ってきたのでしょうか。

別れた後に妊娠が判明

 泉さんが類さんを出産したのは、25歳のとき。

 「ロンドン留学中に類の父親である英国人男性と知り合いましたが、交際は長く続きませんでした。妊娠に気づいたのは彼と別れた後。本当はそのままロンドンで類を産みたかったのですが、費用やビザの問題もあって出産直前に日本に帰国し、出産しました」

 シングルマザーとして類さんを日本で育てる日々が始まります。学歴も職歴もない駆け出しの通訳として、がむしゃらに働く日々。

 「私は、全然すてきなお母さんじゃなかったんですよ」と言う泉さんですが、その視線の先にはいつも類さんが幸せな人生を歩めるように、という親としての強い願いがありました。

 日本で過ごした保育園時代、泉さんは類さんが「子どもらしい興味や関心を示さないこと」に気づきます。

 「類を育てていて、最初に感じたのは、自分の子ども時代とはずいぶん違うな、ということでした。もちろん、私の子どもとはいっても別の人格なので、違うのは当たり前です。それにしても私の小さいころはこうじゃなかった、ということが多かったですね」

通訳・音楽ジャーナリストの栗原泉さんは、発達障害の類さんを女手一つで育ててきた。©ブレない子育て/KADOKAWA ©KENTARO KAMBE
周囲に好奇心を示さない子に戸惑う
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