細川貂々 ツレのうつ機にマイナス思考から脱却

(上)ツレのうつを漫画で描いてブレイクするも、自信が持てない日々/「自分を認める練習」をしてネガティブな自分を受け止められるように

 夫のうつ病体験を描いた『ツレがうつになりまして。』(幻冬舎)で知られる漫画家の細川貂々さん(49)。『ツレうつ』は映画やテレビドラマにもなり、その後も妊娠・出産や子育て体験、生き方に関わる本を途切れず出版。読者の共感を呼んでいます。今回は、「マイナス思考のダメな人間だった」という細川さんが仕事を切り開き、人生を変えてきた物語を紹介します。

何をやっても続かなかった

 細川さんは、3歳から絵を描くのが好きで、毎日のように絵を描いていました。団体行動が苦手だったそうです。小学3年生のときに、漫画誌『りぼん』に憧れて「漫画家になりたい」と思うようになりました。

 中学生のころ、「高校に行きたくない」と言うと、母に「高校に入ったら漫画の投稿をしていいよ」と言われ、必死に勉強して女子高に進みます。漫画部の部長に漫画を見せた際、「つまらない」と言われてあっさりやめました。「高校卒業後、目的を見失って1年近く引きこもりになってしまいました。母に何かしなさいと言われて仕事をしてみました。でも、接客や工場の作業は苦手でした。事務職に就いても人間関係につまずきました」

漫画家としてデビューしたけれど…

 会社で常にイライラしている生活から抜け出したくて、細川さんは「好きなことをしよう」と21歳のときに絵の専門学校へ。「イラストレーションや水彩、デッサンをやるのですが、教えてはくれないんです。自分で気づきなさいという学校で、こんな自由な場所があるんだって驚きました」。周りはやる気にあふれて意識の高い学生が多く、細川さんには引け目もあったそうです。

 この学校で、夫となるツレ(望月昭さん)に出会い「漫画を描きなよ」と勧められ、細川さんは投稿を再開しました。「16ページぐらいの作品を描いて、最初はけちょんけちょんに言われました。卒業後にツレはバイト、私は漫画家を目指してフリーターをしていたら、母に結婚しなさいと言われ、25歳のときに結婚しました。ツレは就職して、私は主婦になってご飯やおやつも手作りしていましたよ」

細川さん(右)と夫(ツレ)の望月昭さん。絵の専門学校で出会い、生涯の伴侶に。細川さん提供写真
ツレがうつになって前向き思考に
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